日本共産党千葉市議 中村きみえのブログ

ヤフーのブログから引き継いであります。。市議7期目となります。議会だけでなく様々なことを投稿します。よかったらお立ち寄りください。

お世話になります。日本共産党千葉市議の中村きみえです。議員として一市民として発信します。

悲しかったこと

14日太白蓮
報道でもご承知の方も多いかと思います。千葉県、全国の皆さんに大変ご心配、ご迷惑をおかけしております。人権を尊重しなければならない党幹部にあるまじき行為です。大変申し訳ありません。被害にあわれた方にお見舞い申し上げます。二度とこのようなことが起こらないように様々な側面から対応していきたいと思います。
大西書記長を除名

党千葉県委員会が声明

 日本共産党千葉県委員会は13日、緊急の県委員会総会を開き、県迷惑防止条例違反容疑で逮捕された大西航書記長を除名処分にし、声明を発表しました。

 1月12日、日本共産党千葉県委員会の大西航書記長が、盗撮行為により逮捕されました。

 盗撮という犯罪行為は、被害者の人権を傷つけ、人間としても、党員、県党の役員としても、絶対に許されない行為です。党規約の「市民道徳と社会的道義をまもり、社会にたいする責任をはたす」に著しく違反し、有権者の党への期待を大きく裏切るものです。

 本日の緊急の県委員会総会で、重大な犯罪を行い、事実を隠し続ける重大な行為を行った大西書記長に対し、党規約にもとづき、最も重い除名処分としました。

 今回の事態にあたって、被害者とご家族、全県・全国のみなさんに深くおわびし、党県委員会として、今後二度と繰り返さないために教訓を深め、自己改革をはかっていく決意です。

13日いとうさん
本日午後の会議で先月ご逝去されたIさんを偲ぶことができました。
Iさんは健生病院で看護師として勤めたのち友の会でも会長として長年奮闘されていました。地域でも多くの方に親しまれ愛されるとてもチャーミングな方でした。
遺族の方の意向で葬儀も偲ぶ会も行わないということでしたが、Iさんが好きだった黄色いバラを一輪飾って、ショスタコーヴィチの交響曲11番1905年「血の日曜日」の第三楽章永遠の追憶を聴いてもらえたらとのお手紙をいただき、Tさんがお花を飾ってくださり、Kさんにお願いしてCDをお借りして事務所で聴きながら黙とうしました。 
 ぜひ、一緒に偲びたいとかつてともに働いてきたAさんや地域で一緒に活動してきたTさんからもIさんとのかかわりなどが話されました。私も看護師、保健師時代もともに被爆者検診などを通じてお世話になってきており、被爆者友愛会では、Iさんは、マドンナだったと聞いていました。病弱でありながらいつも頑張るIさんに何度励まされていたことでしょう。急逝され、ご挨拶できずにいたことは本当に残念ですが、Iさんの遺志を継いで、引き続き頑張っていきたいと思います。

HORIZON_0002_BURST20191220145127638

今朝は新検見川駅南口で寺尾さとし前県議、Kさん、Kさんと行いました。カジノの問題、こどもの医療費負担増についての訴えにはチラシの受け取りが良かったように思います。
本日は、勝浦の市議を10期40年務めた児安利之さんが10月にご逝去され、長年実家の両親が懇意にしており、お悔やみに行きたいと言われており、勝浦まで同行しました。
私は初めて奥さんとお会いしましたが、素敵なかわいらしい方でした。
我が家の両親は、長年選挙で戦友のように頑張って阿吽の呼吸で、活動をしており、いつでも勉強熱心で、地域の方からの信頼も厚く、引退しても地域の方が相談に来られ、市の職員からも慕われていたそうです。
母も。児安さんとの思い出を語ることができて、良かったようです。人との絆、大事にしたいですね。
帰りにちょっとだけ、海を眺めて帰ってきました。

イメージ 1
 本日、パソコンメールを打ち込んでいたら、突然、写真のような画面となり、色々試みましたが、パスワードを設定していないと思いますが、入力を迫られ、いつまでたっても送受信ができません。ちなみに明日から視察に出かけ明後日帰宅しますので、どちらにしてもパソコンメールは見られません。関係者の皆さんにはご迷惑をおかけします。
 よかったら、アドバイスをいただけるとありがたいです。
 
 

イメージ 1
本日、あぐい武夫前千葉市議の告別式に参列しました昨日のお通夜に、伺うことができず、野本市議の弔辞を拝読し、ぜひ、みなさんにご覧いただきたいと思い、野本さんにお願いし、掲載します。
 安喰武夫さんお別れの言葉(弔辞)
                             2016年2月11日 野本信正
 安喰武夫さん、あなたとこんなに早くお別れをしなければならないことは、私どもにとって、痛恨の極みであります。
 2014年の秋、安喰さんは、市議団にがんに侵されていることを告げられました。
 私たちは、大変な衝撃を受けましたが、安喰さんは、「自分はがんと闘う」「負けるわけにはいかない」と宣言されました。
 そして効果が期待できるあらゆる治療を受けて、いつも前向きにガンと闘ってこられました。
 闘病の最中でも、マイクを握り訴えて、キーをたたいて原稿を書き続けてきた強靭な生き様には、ただただ敬服するばかりでありました。
 病床で息を引き取る間際まで、「がんに負けないぞ」と言われていたとお聞きし、安喰さんの、最期までのあきらめない闘志に、強く心を打たれています。
 安喰武夫さんは青年時代から日本共産党員として活動し、民主青年同盟千葉県委員長として、青年運動を指導してこられました。
 民青同盟を卒業後、しんぶん赤旗の記者として県内各地を飛び回り、読者にたくさんの情報を届ける活躍をしてこられました。
 その後、中部地区委員会の常任委員・自治体部長として、千葉市、市原市の政治運動を発展させるために活躍されました。
 自治体部長として、貴方は、私たち市議団とともに活動され、調査・研究・議会報告などに取組み、市議団の大きな力となっていただいたことに、感謝しています。
 その中で、特に私どもの議会報告「市議会だより」の編集長として、毎回掲載されるコラム欄「議事進行」は、安喰さんならではの執筆であり大変好評でした。
 闘病中にもかかわらず書いてくれた、今年の新年号の「議事進行」が、最後の記事となりました。
 安喰さんの人となりについて、市議団の福永幹事長は、「決して怒りを面に出さず、穏やかにやさしく指導する、たぐいまれな指導者」と絶賛したことがありますが、安喰武夫さんの奥深い人間性を表した評価であり、私も同感です。 
 貴方は、2011年4月の市議会議員選挙で稲毛区の皆さんの大きなご支援をいただき、初当選されました。
 そしてそれまで培ってきた住民運動の経験や政策能力を活かし、住民の要求実現や議会質問など縦横無尽に活躍をしている貴方の姿が、今も目に焼き付いています。
 「安喰武夫さん、あなたは、轟町の国有地に特別養護老人ホーム建設を求め、地域住民とともに運動し、議会質問や政府交渉をしてきましたが、このたび千葉市の計画に組み込まれ実現することになりました」ありがとうございます。ご苦労様でした。
 議会では、当選当初から福祉の向上と市民要望実現のため、次々と質問をしましたが、一つ一つの質問がしっかりした調査に裏付けられた説得力があり、同僚議員や当局からも「新人らしからぬ立派な質問」と高い評価を受けていました。
 とりわけ公民館の充実を求めての度重なる提案は、「公民館の安喰」と言われるものでありました。
 議員として、これからますますの活躍が期待されていた矢先のがんの宣告で、一番ショックを受けたのは安喰さん本人であったし、ご家族でありました。
 私どもも「これから共産党市議団の中心を担っていただく安喰さんが、次の選挙に出られないことは大変な衝撃」でありましたが、ガンと闘う安喰さんの言葉に、私どもが励まされたことを思い出しています。
 安喰さん、あなたからバトンタッチを受けた「吉田議員」が、懸命に努力して頑張っていることをご報告いたします。
 安喰さん、あなたが日本共産党員として、生涯をかけて活動してきた日本国憲法を守り、平和で豊かな国民生活を実現する運動は、今、「戦争法廃止・立憲主義を取り戻せ」の一致点で共同する「国民連合政府」実現に向かって、大きく前進をしています。
 この事業の行く末を見ないまま永眠されたことは、さぞかし悔いの残ることでありましょう。
 優しいご家族とこんなに早くお別れすることは、本当に無念であったでしょうl。
 「安喰武夫さん」私たちはあなたの思いもしっかり受け止めて、当面の参議院選挙勝利に全力を尽くしてまいります。
 「安喰武夫さん」本当にご苦労様でした。もう、ガンと闘わなくてもいいんです。どうぞ安らかにお眠りください。

 葬儀には、くまがい市長さん、両副市長さん、他の会派の議員の方々が、参列いただきありがとうございました。
 安喰さん、安らかにお眠り下さい。
 (写真は、議員紹介の時のものをアップしました。)   

↑このページのトップヘ